根知谷の日々 -Blog-

練炭火鉢とトチオの天ぷら

 大相撲の初場所を白黒テレビの中継で見ていたので、それは1月のことだと思います。実家のばあちゃんが亡くなったのは、私が小学校4年生の6月だったので、恐らくその2年か3年前の記憶です。雪がたくさん降り積もって、居間の出窓から差し込む光は昼間でも少なく、中入り後の時間帯はテレビの方が明るかった。

 ばあちゃんは、私が生まれる前に脳梗塞を患い、体の自由が利かない中で家の留守を守りながら、できることをしていました。雪深い中早川ですが、なぜか真冬なのに行商の魚屋さんがたまにきてくれるんでしょう、その日は練炭火鉢でトチオ(骨の硬い小魚)の天ぷらを揚げています。

 昭和40年代、ちょうど地方の農村にもプロパンガスが普及し始めた頃でしょうか。お母さんたちの炊事は劇的に楽になりましたが、我が家では暖房も兼ねて、練炭火鉢は頻繁に使われていました。アンコを煮るのもこれでした。付きっ切りでかき回さないと焦げてしまうし、顔めがけてプチーッと飛んでくるので油断できません。

 子どもの頃から煮炊きは身近なもので、多忙な両親のいない時間帯をばあちゃんや兄姉たちと分担して家事をこなしたものです。私が生まれたその年の11月に亡くなったじいちゃんのことは知りませんが、寒くて暑くて不便な昔の生活は、その後の人生にいろいろと役に立ちました。2024.02.10YW