義母の仕舞法事
- 2023年02月18日[ブログ]
平成3年4月17日の午後、家内の母が49歳で亡くなりました。三度の手術、三年にわたる闘病生活の末、満開の桜がちょうど散り始めたころでした。来年に33年目を迎えるにあたり、仕舞法事の準備に掛かる時期となりました。
私が渡辺家に入ったのは昭和62年1月初めで、酒造期の真っ最中。当時は季節労務の杜氏・蔵人が5人住み込みで、休日はなくて朝の5時から夕方5時まで酒造りをしていました。朝昼晩の賄い(食事)は、義母と長女である家内がやっていましたが、11月初旬の入蔵(にゅうぞう)から4月上旬の蔵開け(杜氏・蔵人の帰郷)まで毎日の食事つくりは大変な仕事です。
蔵人も単調な生活の中では、食事が唯一の楽しみになりますので、2月にもなれば飽きてきて、おかずに不満なことでもあると、どんぶりに箸を突き立ててあったりして、お勝手と広敷(ひろしき:蔵人の休憩室)のバトルはなかなかのものでした。
私たちが結婚したのは昭和62年5月ですが、その秋に義母が病を得て手術をすることになり、それ以降は家内がひとりで賄いを担当しました。調理師の資格もあり切り盛りはできましたが、やはり負担は大きかったので、将来的には賄いのない酒造会社にしてほしいと言われました。
義母を見送った春、季節労務に頼らない酒造りを目指した構造改革がスタートしました。振り返ればよくここまでたどり着いたなあという壮大な事業でしたが、ひとつの完成形はできました。しかし、先代の労苦に報いるにはまだまだ足りないことばかりです。2023.02.18